更新日記 - 日曜プログラマのひとりごと
わたしたちの運命と深いところで結ばれ、多くの権力と深いところで結ばれ、「歴史」の前ではこれほどまでに無力であったこの知と合理性は、いったいどのようなものだろうか
父親は漁師で、縄に絡まった仲間の手をナタで切り落としたエピソードに蛭子は(父を)尊敬したと語っている。それを聞いたみうらじゅんは「縄を切ればいいじゃん」と回想している
—(via 774)
生涯の治療費より高い網があったり、頑丈な縄より人の腕の方が切り落としやすかったりする件。
(via yukiminagawa)
「治療費より高い網」、「腕の切り落とし易さ」。
瞬時のコスト計算とキチガイエピソードをも一顧だにしない鋼の合理性、透徹したアイロニカルな態度のオゾマシイまでの小賢しさ!恐れ入りました。
(元記事: 774 (yukiminagawaから))
東浩紀 hiroki azumaVerified account @hazuma 僕は今回は選挙には行く。応援している候補もいるしね。しかし、今回は国政選挙のわりに争点がないのも確か。また結果が見えているのも確か。そこを見ないふりして「選挙に行こう」というのが大人の義務なのかもしれないが、若者はそういう嘘を敏感に感じ取るからねえ。いまひとつ気が晴れないな。 【東浩紀: 争点がないとはよく言った。原発では商売はするが、選挙では争点はないと扇動。若い人をサブリミナルに選挙にいかないように誘導しているように見える陳腐な、「斜に構えるポーズの気の利いたエッセイ」ぶり】 【この気持ち悪いポーズ】浅田彰以降、知的水準の低い利口ぶり馬鹿に人気。斜に構えるポーズの気の利いたポストモダン・エッセイ。これにて終了https://twitter.com/hazuma/status/355399251347533824 …】@naitoasao
内藤朝雄 @naitoasao 20 Jul 2013
内藤朝雄 @naitoasao
(出典: twitter.com)
まず北方民族は字を知らないという認識そのものが言語道断である。この倉山さんは女真文字、西夏文字、契丹文字、元のパスパ文字を知らず、魏収『魏書』や『元朝秘史』を知らず、薩都剌や耶律楚材を知らず、西田龍雄氏ら日本の学者の業績を知らないのだろうか。北方騎馬民族もどんどん漢化されて自国の文字を作るものも有れば、漢詩漢文に熟達して史書や詩文を著すものも大勢居たのである。さらに言えば、それらの多くは中国大陸では余り評価されず、日本の東洋史学が先んじているものも多いのである。例えば、西夏文字解読に成功したのは日本人の西田龍雄氏であるし、魏収『魏書』も本国で不当に評価されていたのを日本人の塚本善隆氏が再評価したのが研究の端緒である。「日本の中国研究が書けないタブー」を書こうとするほどの人がなぜそういう初歩的認識がないのであろうか。残念でならない。
— 倉山満『嘘だらけの日中近現代史』の誤りについて(1) - 東京下町巡りと中国史・群龍天に在り(FC2版) (via umedaerika)(元記事: gunryuu.blog.fc2.com (umedaerikaから))
他の王朝を上げてみよう。倉山氏の上げた王朝滅亡要因を、どれだけの王朝がちゃんと法則を踏んだかというと、
踏んでいる王朝のほうが少ないのだ。これ、歴史法則といえるのか?
三国魏 1→5→7(司馬氏に乗っ取られ滅亡)
西晋 1→5(異民族の匈奴[漢]に攻められ滅亡)
東晋 1→5→7(軍閥により滅亡)
北魏 1→4→7(東西分裂)
南朝劉宋 1→5→7(軍閥により滅亡)
南斉 1→5→7(軍閥により滅亡)
陳 1→5(隋に攻められ滅亡)
隋 1→5(唐により滅亡)
唐 1→3→4→5(武韋の禍)→7(安史の乱)→5→6(黄巣の乱)→7(滅亡)
北宋 1→5(金により滅亡)
南宋 1→5(元により滅亡)
大元 1→3→5(明により滅亡)
明 1→2→3→4→5→6(李自成に攻められ滅亡)
と、見事なまでに倉山氏が上げた1~8を全て繰り返した王朝がないのである。途中までちゃんとやってるのが明ぐらいしかないぞ!法則として成立してるのか?
(元記事: gunryuu.blog.fc2.com (umedaerikaから))
仮に、「若者が選挙に行かないから、若者世代が損をするようになっている」という主張が正しいとしても、それは「母子家庭」「同性愛者」「障害者」「拉致被害者」など「人口が絶対的に少ない者たちは切り捨ててよい」とする理屈であり、やはり議会制民主主義を運用する制度の欠陥を示しているだけです。
—[悪徳商法?支店]: 「若者が損をするのは、若者が選挙に行かないせい」という詭弁に騙されてはいけません (via otsune)
「人工が絶対的に少ない者」であるところの「拉致被害者」やその家族がなぜ影響力を持つに至ったのか、「障害者」「母子家庭」支援の法制度化が成功したのはなぜか、他方で「同性愛者」の支援法がないのはなぜか、などを考えることに意義があるでしょう。ここには出ていませんが、農業就業者も現在は250万人ほど。相対的にかもしれませんが、人口が少ないと言えそうです。でも、(少なくとも表向きは)切り捨てられてはいなさそうですよね。
(via inf)選挙に参加しないこと(あるいは数が少ないこと)の罰として利益分配が正当になされないのだとしたら、逆に選挙に参加する人たちはそもそも自分が帰属している集団の利益しか考えていないという前提になる。もし現状がそうなのだとして、ここでマイノリティの議論にずれ込んでしまうことは、むしろ現行の前提を支持してしまうことに成りかねない。
問題は、数が足りないから影響力を行使できずにいる、よって不利益を被るのも止むかたなし、というレトリックを棄却し、そもそも政治というのは世代や特定の階層のみに向けてアプローチすべきものではなく、そのような私的利害を越えた所に本来あるべきだという当然の前提を確認することがまずは大事だろうと思う。
(元記事: beyond.cocolog-nifty.com (infから))